第七 巨岩伝説
 島は花崗岩の隆起によってできた。一〇〇〇万年あまり前、第三紀堆積岩の層を花崗岩の巨大な塊が押し上げて形成された。
 千年の森をぬけ、高度を上げていくと、白骨樹と呼ばれる樹皮を剥がれ立ち枯れたような杉とシャクナゲに囲まれる。さらにそこから上は森林限界。笹原にぬける。山々の山頂部が見わたせる、そこには奇妙な形をしたさまざまな巨岩が乗っている。さえぎる木がなく、直接吹く風と雨によって浸食された岩。島の自然が一〇〇〇万年前の堆積層を風化させ、このユニークな山頂世界をつくったのである。 島は花崗岩の隆起によってできた。一〇〇〇万年あまり前、第三紀堆積岩の層を花崗岩の巨大な塊が押し上げて形成された。
 
千年の森をぬけ、高度を上げていくと、白骨樹と呼ばれる樹皮を剥がれ立ち枯れたような杉とシャクナゲに囲まれる。さらにそこから上は森林限界。笹原にぬける。山々の山頂部が見わたせる、そこには奇妙な形をしたさまざまな巨岩が乗っている。さえぎる木がなく、直接吹く風と雨によって浸食された岩。島の自然が一〇〇〇万年前の堆積層を風化させ、このユニークな山頂世界をつくったのである。
 ロールケーキでも切っている途中のような岩。誰かの顔のような岩。これらの巨岩がもっとも楽しめるのが島の最高峰(一九三五メートル)付近だ。
 ぼくはリンドウの花を見るため、この中のひとつの峰に登ったことがある。島の固有種であるため盗掘されつくして、いまではこの山頂に乗る岩の割れ目にしか見ることができないからだった。岩は近づくと想像していたより何一〇倍も大きかった。



たれているロープにつかまりながらカメラをかかえてこの巨岩になんとか登った。そうしてリンドウの花を撮ろうとセッティングしていると、ものすごい雨が突然降り出した。岩の上には隠れ場所などあろうはずもなく、ただ雨が止むまでずぶ濡れになりながらカメラだけを自分の体でおおった。三〇分以上もたっただろうか。雨がやむと今度は強風がきた。風速はおそらく二〇メートル近い。さんざんな目に会ったが、こういう自然が巨岩のモニュメントを生んだ偉大なる彫刻家であることがわかった。
 それ以外に実際に登った巨岩がもうひとつ。親指を立てたような岩だ。これはすこしルートが異なるが、やはり高い山のピークにある。親指は森に向かう林道からもくっきり見える。以前からのぼってみたい場所だった。
 この親指岩にはいいつたえがあった。「八部大なる穴ありて、ときどき鳴ると三日のうちに大風吹き……」(三国名勝図会)というものだ。この巨岩はリンドウの岩よりさらに大きかった。まじかで見ると岩は大きな墓標ように見える。墓標は傾きはじめた陽の光を受けて、はるか下に広がる森にもその影をはっきりと映しだした。
 遠くから眺めると、なんとおもしろいのだろうと感じる岩もその足元まで行ってみると、みな一様に迫力がある。千年の巨木たちも近づいた最初の何分かは畏怖の念が先行する。しかし、その後は生きものの温もりのようなものにつつまれて安心した気持ちになる。だが、巨岩のほうはどうも違う。そこにいればいるほど圧倒されつづけるのだ。
 花崗岩の島は現在でも上昇をつづけているという。そのスピードは一〇〇〇年で一メートルと推定される。その一方で浸食や風化によって、一〇〇〇年に約八七センチ低くなっている。
 巨岩も島も形を変えつづけているのである。ぼくは親指岩のどこかにある穴が鳴らないことを願いつつ山をおりた。                                  《文.蟹江節子》

第八章