第六 もうひとつの森


 
 島全体のことをまだ知らないころ、島を代表する森は千年の森だと思い込んでいた。しかし以前から、海岸線を一周する道路を車で走っていると、どうしても気になる森があった。そこは島の西側に位置し、西部林道と呼ばれている地域。このあたりで道路は細くなり、木々がつくる緑のトンネルをいくつも抜ける。ぼくは島の道路の中ではここでいちばん気に入っている。気になる森を見上げるためにいつもここで車を止めた。あとになってわかったが、この森がじつは島を代表するもうひとつの大切な森だった。
 この森が千年の森と異質なのはひと目でわかる。シイ、カシ、ツバキのようなつやつやとした葉をつける木々が繁茂する照葉樹林。急駿な斜面に広がるこの森は道路を越えて、下の海岸まで続いている。
 一二〇種以上の照葉樹が含まれている森。日本で最大規模、世界的にも貴重な森である。島には亜寒帯から亜熱帯までが垂直に分布する。つまり札幌から沖縄までの自然がひとつの島に縦に詰まっている。その垂直分布をつなげているのが、この照葉樹林である。島が世界自然遺産に登録される際も、千年の森とともに、この照葉樹林の広大さと垂直分布をつなげていることが評価された。



L西部林道近くに残る五葉松の巨木。
 屋久種子五葉松は現在発芽能力が極端に
落ちているという。

  そして、別の意味でもこの森は重要な森だった。日本ではほかにない雄大な照葉樹林が何故ここに残ったのだろう。それは急駿な地形で人が住めなかったことも理由にあげられるが、島の人々の伐採反対運動の成果が大きい。

 一九八ニ年から林野庁は一〇年間で、この地域にある川右岸の伐採を計画した。このとき島の人々が中心となり「島を守る会」を結成し、反対を唱えた。この件は国会まで持ち込まれという。その結果、一九八三年にこの地域は国立公園に指定されるなどして守られたのだ。人の努力と闘争によって存続している森。そういう意味でも、この森は島を代表するだろう。



 人間がこれ以上手を加えないことで守られていく森。こういう森が注目されるのも、地球全体では守りきれない状況まで人間が手を加えてしまったからかもしれない。
 この森にも枯れはじめた巨木の白い枝があちこちに見える。この島と隣の島にしかない五葉松である。酸性雨あるいは中国から吹いてくる黄砂の影響なのか、現在では発芽能力がある種子がほとんど育っていない。

 もうひとつの森は傾斜がきつく、千年の森のように歩くことはできない。だから、ぼくは島に着くといつもこの森をながめにくる。そして、もうひとつの森を想像しながら千年の森を歩くのである。

《文.蟹江節子》


 

『第一章 千年の森へ』目次へ戻る
第七章へ続く