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所有という概念が無かった人々
三内丸山遺跡に直径1メートル、高さ20メートルもの栗の木の巨大柱跡が見つかった。当時、この木がいったい何のために使われたのかということが機論の的になった。祭礼のためだという人もあれば、床と天井があって大きな住居だったという人もいる。
一方、青森県の太平洋岸を黒潮という潮の流れがある。この流れに沿って船で北上すると、カナダの太平洋岸、クイーンシャーロット諸島に着くことになるのだが、この地で、およそ一万年前から住居をかまえ、トーテムポールとして、巨樹を大地にたてていた民族がある。先住民のハイダ族である。

彼らは、およそ9トンにもなるレッドシーダーの巨木を、約150人程度の人数でトーテムポールとしてたてていた。そして彼らは縄文人と同じモンゴロイドだ。この地域は深いレインフォレトで覆われている。一度でもこの森を歩いたものは、その森の美しさに驚愕することだろう。以前、一緒にいった青年が「ここで死んでもいい」と毎日のように言っていた。
そう、そこで人生が終わっても何の悔いも無いと思える場所なのだ。レッドシーダー、イエローシーダー、スプルース、島は一様に針葉樹の巨樹にあふれている。コケで覆われた地表は、どこに座ってもやわらかく、テントを張って横になると、大地のやさしさが体に染みわたる。


先住民ハイダ族は「所有する」という概念をもたなかった。それをいいことにカナダ政府は勝手にハイダの森の伐採件を製材会社に与えてしまう。以前、国が国有林に指定したときは、ハイダ族からは何の反対も起きなかった。そう、「所有する」という概念がなかったからだ。彼らにあるのは「トラップライン」という「受け継ぐ」という考えがあるだけだった。これは日本でいうところの相続とはまったく違う。先祖代々ワナをかけて漁をする地を、次の世代に受け継いでいくという意味だ。その日、自分たちが食べる分しかとらない。次にその場所を利用する人のために、そこの自然すべてが次の世代に受け渡すまで維持するという意味だ。
その後、カナダ政府は先住民を弾圧。彼らの言語を含めた文化をとりあげてしまう。人種差別で有名になった、南アフリカのアパルトヘイトは、実にこのカナダ政府の弾圧をモデルにしているという。


1974年、ハイダ族は環境保護を唱えるカナダ人とともに森を守るために立ち上がった。10年以上のカナダ政府との闘争の末、クイーンシャーロット諸島の南側グアイ・ハアナス(輝く土地)と名づけられ、国定公園に指定される。
「所有する」という考えと「トラップライン」という考え方の違いによっておきた、もめごとは一応の終わりを見た。このことは私たちに何を問いかけているのだろう。
クイーンシャーロット諸島の北側は、依然伐採の続く森林だ。伐採の終わった森に立つと、ここから切り出されたほとんどの材木が日本に行くという状況の中で、自分ここから何を学ぶべきかを考えてしまう。