三春の滝桜

三春の滝桜

場所 : 福島県三春町滝桜久保296


幹周り9.5メートル
推定樹齢1000年


梅と桜と桃の花が一緒に咲きだす町といわれるここ三春町では、日本三大桜の一つである三春の滝桜が満開でした。朝の早い時間に静かに桜を眺めようと車を走らせ、三春の町を急いでいると、小さい丘が連なるこの地形がなんとものどかで心地いいものでした。ふと気づくとあちこちに小さな枝垂れ桜がまるで飾り付けたように点在していて、冬から目覚めようとする土色の町に彩りを添えているのです。

後でそれがすべて三春の滝桜の子供だと聞かされ、町の人のこの桜に対する想いが伺われました。春を待ち望み、桜に想いを寄せる町。小さな枝垂れ桜が遠くに見えるとき、その田園風景がほのかな暖かさを感じさせてくれるのです。まだ朝の寒さが身にしみるこの時期に、長かった冬が容易に想像できます。

渡辺一枝さんの本に「桜を恋う人」というのがあるんですが、これは戦前日本から当時の満州に渡り、開拓団の一員として苦労を重ね、中国人として功なり名を遂げた人の話なのですが、彼は「もう一度、故郷日本の桜を見たい」という夢をずっと抱いていたんです。そして何十年もの時間が経過し、やっと故郷に帰郷することができたんですが、変わり果てた故郷を見てまた、中国に帰っていってしまった話です。もちろん故郷にそのままとどまることもできたのに。彼の故郷の桜は彼の心の中にしか無かったのでしょうねえ。

このことを以前ある雑誌に書いて、この桜の写真を載せたのですが、その後、お便りをもらいました。それはもう治る見込みのない病気に冒されている奥さんを、病院で看護した経験のある御主人からのもので、奥さんが「もう一度滝桜を見たい。もう一度でいいから。」とおっしゃりながら亡くなったということです。御夫婦にとってはこの桜は特別だったのでしょう。お二人で旅行された際ごらんになった滝桜と、この町ののどかな風景にいったい何を見いだしていたのでしょうか。
 人はいろいろな樹に想いを寄せることがあります。人それぞれではあるのですが、桜の木はやはり日本人には特別な意味があるのでしょう。
 それはきっと私達の血の中に、そんなメッセージが含まれているからにちがいありません。
 桜の木を見るときに僕はいつもそんなことを思い出すのです。

〈HOME PAGE MENUヘ〉